T LEAD SCIENCES 株式会社

【業界キーパーソン・インタビュー】

クルマ変革期の価値創造チャレンジ、エレメカ統合モデルベース手法で逆境を乗り越える
—— マツダ株式会社 今田 道宏 氏

自動車業界は、「100年に一度」と言われる変革期を迎えています。メーカは、電動化や自動運転などの変化に対応しつつ、自社ならではの価値を生み出そうと、試行錯誤しています。このような激動の時期には、これまでの価値観の再考や、既存の技術領域を踏み越えたものづくりの知見が必要となる場合があります。ここでは、マツダの執行役員である今田 道宏 氏に、同社の価値創造の取り組みについて話をうかがいました。聞き手は、弊社CEO 代表の岩井 陽二と、同CTO 社長の竹内 成樹です。

マツダ株式会社 執行役員 統合制御システム開発担当の今田 道宏 氏

プロフィール:1991年4月、マツダ株式会社に入社。2016年1月、統合制御システム開発本部 首席研究員。2018年3月、情報制御モデル開発部長。2019年1月、統合制御システム開発本部 首席研究員(再任)。2020年4月、統合制御システム開発本部長。2022年4月、執行役員 統合制御システム開発本部長。2023年4月、執行役員 統合制御システム開発担当。

価値創造プロセスを定義して全社で共有

——今田さんの担当職務を教えてください。

今田:「統合制御システム開発担当」という肩書きで、主な仕事は二つあります。一つ目は、クルマの中の電気・電子システム全般の開発です。パワートレイン系と電駆系については別の担当部門がありますが、それ以外のほとんどすべての電気・電子システムが、統合制御システム開発本部の領域となっています。
二つ目の仕事は、社内のモデルベース開発の推進です。手法の取りまとめ、および一部のモデルの開発と他部署への供給などを行っています。

——ご自身の職務とかかわる最近のトピックは?

今田:つい先日(2024年11月6日)のことですが、MX-30 Rotary-EVというSUV(スポーツ用多目的車)に対して、「2024~2025日本自動車殿堂 カーテクノロジーオブザイヤー」という賞をいただきました。また同時期に、フラッグシップSUVのCX-80が、「2024-2025日本カー・オブ・ザ・イヤー」の1次予選を突破し、「10ベストカー」に選ばれています。

——マツダは『マツダ統合報告書』を公開し、企業経営の基本像や目指す姿を明示しています。

今田:統合報告書という形でまとめるようになって、2022年から毎年発行しています(図1)。2022年版と2023年版については、私も報告書を作成するチームに加わっていました。


図1 『マツダ統合報告書(2024年版)』の表紙
(https://www.mazda.com/ja/investors/library/integrated-report/)

——統合報告書をまとめるにあたり、どのようなことを議論したのでしょう?

今田:マツダは企業理念と2030 VISIONを定義しました。また、自社の価値創造のための取り組みを、「ものづくり」、「つながりづくり」、「ひとづくり」の三つの軸で分析し、今後の方向性を共有しました(図2)。2030 VISIONやPURPOSE(存在意義)の言葉の選定は、私たちが一番こだわったところです。


図2 マツダの企業理念、2030年ビジョン、価値創造の取り組み
※ 図をクリックすると、画像を拡大できます
(出典:マツダ統合報告書2024、p.4、p.18、p.34)

 さらに統合報告書では、これらの関係性を「価値創造プロセス」として図式化しました(図3)。マツダの価値創造を取り巻くほぼすべての要素が、この図で説明されています。図の左側に企業理念のVALUES(大切にしたい価値観)を、右側にPROMISE(提供価値)とPURPOSEを配置し、その間を価値創造のための三つの取り組み(ものづくり、つながりづくり、ひとづくり)でつないでいます。


図3 マツダの「価値創造プロセス」
※ 図をクリックすると、画像を拡大できます
(出典:マツダ統合報告書2024、pp.19-20)

——大切な価値観として、「ひと中心」、「飽くなき挑戦」、「おもてなしの心」を掲げています。

今田:この三つが、マツダが一番根っこのところに持っている価値であると考えています。その中でも、一番上に「ひと中心」を配置しました。従来から「人馬一体」、「人間中心」という言い方をしていたのですが、ここでは「ひと中心」という表現にしています。これは、ひとの特性には普遍的なものがあり、それに沿ったものづくりをしたい、するべきだ、という考えを示しています。

——価値創造の議論や意識のすり合わせは、円滑に進んだのでしょうか?

今田:私は開発部門の一員として、「ものづくり」について議論するチームに参加しました。生産部門や品質部門など、社内のものづくりに関連する部署の担当役員や本部長、部門長などが集まり、業務を離れオフサイトの価値創造ワークショップを行いました。自分たちの強みは何なのか、といったことを、過去を振り返り、さまざまな事例を挙げながら検証しました。
このようなワークショップを行う中で、最後に残ったのが、「ひと中心」をはじめとする三つの言葉です。ふだん担当している仕事は違っていても、結局、相通じるものはこれだ、ということで、参加メンバの全員がわりとすんなり腹落ちできた、と思っています。

区切らずひとまとまりで考えるところから価値が生まれる

——自動車業界は、「100年に一度」と言われる変革期を迎えています。

今田:CASE(Connected, Autonomous / Automated, Shared & Service, Electric)という言葉があります。個人的にはあまり好きではないのですが、便利なのでここではこの分類を使います。例えば、最後のElectric(電動化)について言うと、内燃機関中心のパワートレインから電動化の割合が増えるということで、これは私たちにとって大きな変化点です。
ただしピュアなバッテリEVだけがあればいいのか、というと、そういうわけにはいきません。ではハイブリッドEVか? ハイブリッドにも、プラグインやシリーズなど、種類があります。つまり、方式のバリエーションが増えており、これまでと同じ人的リソースで製品開発を続けることが難しくなっているのです。

——マツダでは、どのように対処しているのでしょう?

今田:ここは、モデルベース開発(による開発効率の改善)で正面から対峙する領域だと思っていて、電動化にかかわるモデルやシミュレーション環境の整備を進めています。

——電動化以外の課題は?

今田:Connected(コネクテッド)とAutonomous / Automated(自動化)ですが、これらはある意味、やっかいです。電動化は、自動車メーカにとって比較的なじみのある制御系の技術が中心です。一方、コネクテッドや自動化のところでは、情報系(IT系)の知見が必要となります。ソフトウェア規模も扱うデータ量も、けたが違います。これにどう対処するか、マツダ独自の価値をどう生み出すか、というのは非常に悩ましい問題で、私たちは日々、そればかり考えている、と言っても過言ではありません。

——解決の糸口は見えていますか?

今田:モデルベース開発の観点で言うと、コネクテッドや自動化の領域であっても、広い意味でモデルを使う手法は有効だ、と考えています。
 まず、自動化や先進安全のシステム開発は、比較的、モデルベースに近いところがあります。交通環境やクルマをモデリングして設計・検証する、といった作業を、従来のモデルベース開発の延長線上で行っています。
 次にコネクテッドですが、クルマの外の世界も含めてどうモデル化するかは、なかなかの難問です。情報系の世界だと「デジタルツイン」という捉え方ができると思うのですが、そういった技術とも併せて、リアルなものを作る前に机上で繰り返し検証できる手法の構築を考えている途中です。

——クルマの電気・電子システムの開発には、さまざまなスキルの人材が必要になると思います。今田さんが注目しているのは、どのような人材ですか?

今田:システムアーキテクトを気にしています。クルマのシステム開発において、この役割の重要性が増していることは、間違いありません。

——上流工程の基本設計(構想設計、概念設計)を主導する仕事ですね。システム全体を見渡しながら、バランスよく機能を割り当てたり、システム構成を決めたり…。

今田:そうです。一人の担当者が取り扱えるシステムの範囲や粒度は、ある程度決まっています。大きなシステムを開発しようとすると、設計を階層化し、手戻りがないように上位の階層でしっかりとものを考える必要があります。

——クルマというシステムが変革期を迎えているからこそ、重要性が増しているように思います。

今田:先ほど、CASEという言葉が好きではないと言いました。なぜ好きではないのかというと、CASEと言った瞬間に、「Cは……」、「Aは……」、「Sは……」、「Eは……」というように話し始めます。しかし、そうなったら(システムアーキテクトの思考としては)アウトだと思っています。
 今は、コネクテッドがあって、先進安全があって、電動化があって、これらをまとめることによって新しい価値が出来上がっています。区切ったところからものを考え始めると、価値創造につながらないのです。区切らずにひとまとまりでものを考え、構想して設計する。これが出来ないと、いつまでたっても次の段階へ進化できない、と考えています。

——モデルベース開発というとソフトウェア中心の手法をイメージしますが、クルマの場合、制御対象として高度な機械システムが存在します。

今田:その意味では、マツダの場合、モデルベース開発という言葉を広義に捉えています。クルマ1台分に対して、メカや電気・電子的なハードウェアを作ることもひっくるめて、モデルベース開発と呼んでいます。例えば、物体の構造や応力、流体などを解析するCAE(Computer Aided Engineering)のモデリングも、モデルベース開発の一部です。

——機構系と電気・電子系を包含するシステムを、どのようにモデリングしていくのでしょう?

今田:おおむね3段階くらいの階層でモデル化することを考えています。レベル1のモデリングでは、本当に姿も形もない状態で、クルマ1台分をモデル化します。ユニット間の運動とエネルギーの関係、つまり機械的なつながりや電気的なつながり、熱的なつながりを書き出し、ユニット間の整合をとったり、背反要素を明確にしたりします。
 この作業をきちんと行った上で、もう少し砕いたレベル2のモデルを作成し、さらに姿や形、材料を全部含め、図面に落とせるところまで具象化したレベル3のモデルを作成します。現在、このような手法を現場に展開している真っ最中です。

——高位のモデルがきちんと定義されているので、専門領域の異なる技術者が共通の言葉で議論したり、仕様の抜け漏れを見つけたりできる、ということですか?

今田:そうです。イノベーションを起こすには、(既存の技術や価値を)組み合わせることが大事です。いわゆる「組み合わせの妙」です。複数の領域をまたいだ高位のスコープで見ていかないと、それを思いつきも気づきもしないでしょう。
 ここは、けっこうこだわっているところです。まだ明確な解をつかんだ、という感覚はないのですが、これを実践しないと自動車メーカとして生き残っていけない、と考えています。

ちょっとずれた視点が「いい案配」

——今田さんから見て、弊社の事業は、どのように見えているのでしょう?

今田:CEOの岩井さんやCTOの竹内さんとは長い付き合いなので、ざっくばらんに言わせていただきますが、お二人はとても面白い視野をお持ちの方だと思っています。
 例えば、お二人と面と向かって話をしているとします。二人はこちらを向いてくれているのだけれど、たぶん、視線の方向が、私の顔からは1割、2割ずれているのではないか。何がいいたいのかというと、私たちが相談を持ちかけた時に、目の前のことだけでなく、「その背後には……」とか、「待てよ、ほかの業種には……」、という視点を持ちながら、アイデアを出してくれるのです。

——ストレートに捉えるのではなく、少しずれた視点を持ちながら問題を考え、対策を提案する、と。

今田:はい。私たちはどうしても、目の前の課題にとらわれてしまうところがあります。ちょっとずれた視点を加えて、私たちに気づきを提供してくれることを、今後も期待しています。

——「ちょっとずれた」というところが肝ですね。

今田:そうです。ずれが大きすぎると、相手にされていない感じがしてしまいます。大きく振りかぶられると、「本当ですか?」と皮肉を言いたくなります。それに対して、ほどほどの規模感やほどほどの粒度のアイデアを持ってきてくれるのが良いところで、いわゆる「いい案配」だと感じています。

——マツダの中に、弊社が協力できる取り組みはありますか?

今田:最近の話で言うと、マツダの新たな価値を創造することを目的として、とある事例研究を行っているのですが、この活動にお二人の力を借りています。
 先ほどの話とも通じるのですが、私たちは数十年間、自動車づくりにどっぷりとつかってきた人間で、私たちの視点ではひろえないものがいっぱいあります。例えば、お客さまのペインポイント(お金を支払ってでも解決したい悩み)です。これを見つけるには、漠然と架空の人物像をイメージするだけではだめで、顔も名前も分かっているような具体的な人物像に対して、ディープに情報を取りにいく必要があります。
 このあたりの課題を、ちょっとずれた視点で捉えながら、私たちの足りないところを的確に指摘していただきたい、と思っています。

——弊社には、自動車メーカの立ち位置では気づけないアイデアを出していく役割があると思っています。また、自動車メーカには時代が移っても変わらない「こだわり」の技術があり、そのこだわりを偏りなく提供していくことも大切です。そのようなこだわりに、(自動車産業の外で培われた)「域外の技術」を組み合わせることで、新たな価値を生み出していく。これもまた、弊社の重要な役割の一つ、と考えています。
 今田さん、インタビューへのご協力、ありがとうございました。


左から、
マツダ 執行役員の今田 道宏 氏、弊社 T LEAD SCIENCES CEO 代表の岩井 陽二、同CTO 社長の竹内 成樹。
広島のマツダ本社ショールームにて撮影。
後ろの車両は、マツダのフラッグシップSUVである「MAZDA CX-80」。